避難地域の復興再生
双葉郡は東日本大震災と原発事故により全町村が避難を余儀なくされました。あれから十数年、特定復興再生拠点区域の避難指示解除が進み、新たに特定帰還居住区域も創設される等、歩みは前に進んでいます。しかし時間の経過と共に課題は複雑化・多様化し、復興はまだ途上にあります。30年後、40年後もこの地域が持続的に発展していけるよう、復興を支える財源の確保を国に強く求めながら、帰還困難区域全ての避難指示解除に向けた取り組みを加速させてまいります。
私は何を語ろうとも、必ず「復興」という二文字が頭の中から離れません。
地域全域が避難を余儀なくされた双葉地域の議員として、復興への道のりを歩むことが天命であると捉えております。大震災と原発事故からの復興と、その先のあるべき姿をつくる決意を胸に、全力を尽くしてまいります。
昭和三十二年、双葉郡浪江町権現堂で生まれました。浪江小・浪江中、県立小高高校を経て、国士舘大学政経学部で学びました。昭和五十六年に浪江町農協に入り、以来三十七年にわたって農業と地域経済の現場に身を置いてきました。
平成十五年に浪江町議会議員として初当選し、副議長・議長を歴任。令和四年十月に福島県議会議員に初当選し、現在は自由民主党議員会に所属しています。双葉地方の復興と県民の命を守る政治に全力を尽くしています。
HISTORY
昭和32年12月22日生まれ
東京で学び、ふるさとへ戻る決意を固める。
地域の農業・経済の現場に立つ(のち福島さくら農協、平成30年退職)。
昭和57年浪江町消防団に入団
団長、副団長を経験(2026年3月に退団)
補欠選挙で初当選。以降、6期連続当選。
議会のまとめ役として、復興の最前線に立つ。
双葉地方町村議長会 会長/福島県町村議長会 理事/自民党福島県連 浪江町支部長・双葉郡総支部長
VISION
福島県議会議員として、双葉郡選出の立場から6つの重点テーマに取り組んでいます。
双葉郡は東日本大震災と原発事故により全町村が避難を余儀なくされました。あれから十数年、特定復興再生拠点区域の避難指示解除が進み、新たに特定帰還居住区域も創設される等、歩みは前に進んでいます。しかし時間の経過と共に課題は複雑化・多様化し、復興はまだ途上にあります。30年後、40年後もこの地域が持続的に発展していけるよう、復興を支える財源の確保を国に強く求めながら、帰還困難区域全ての避難指示解除に向けた取り組みを加速させてまいります。
双葉地域では避難指示解除後も住民の帰還が思うように進まない中、地域の医療提供体制の再構築が大きな課題です。
今後の移住・定住の促進、さらにはF-REI関係者の受け入れのためにも、中核的病院の整備は急務です。
子どもから高齢者まで幅広い医療ニーズに対応できる病院を実現するとともに、この地域で医師や看護師が安心して働ける環境をつくることが不可欠であると考えています。
2023年4月、福島国際研究教育機構(F-REI)が浪江町に設立されました。原子力災害により極めて厳しい状況に置かれている双葉地方が、30年後・40年後も持続的に発展を遂げるためには、これまでの政策で成し得なかった大胆な取り組みが必要です。施設の整備だけでなく、研究者やその家族が安心して暮らせる生活環境の充実、広域的な視点を持った研究タウンの形成を進め、世界レベルの研究教育拠点をこの地に根づかせてまいります。
常磐線の利便性は震災前から大きく後退しており、多くの住民の切実な声が届いています。
また、東日本大震災の際には双葉地方と中通りを結ぶ道路が大渋滞し、速やかな避難に重大な支障をきたしました。
復興の進展と新たな産業拠点の整備に対応し、命をつなぐ道路、暮らしを支える鉄道の整備に全力で取り組みます。
福島県は全国有数の耕地面積を有しており、食料供給拠点としての使命があります。浜通り地方では震災と原発事故により営農の継続が困難な状況が続いてきましたが、園芸作物の作付け再開が進んでいます。
三十七年間、農協の現場で生産者と歩んできた経験を活かし、農業者が自分たちの計画だと思える地域農業の将来像づくりを支援してまいります。
福島県は復興ビジョンにおいて「原子力に依存しない、安全・安心で持続的に発展可能な社会づくり」を基本理念に掲げました。
全町避難というふるさとを追われる痛みを経験したこの地だからこそ、気候変動によって同じ痛みを味わう人々が生まれてほしくない。その思いを胸に、浪江水素タウン構想をはじめとした再生可能エネルギーの推進と、県内原発の着実な廃炉に取り組んでまいります。